広島地方裁判所 昭和60年(行ウ)16号 判決 1989年11月14日
主文
一 被告寺本トシコは、広島県高田郡甲田町に対し、金三八万一九八〇円、被告寺本勝三及び被告鳥居淑子は、同町に対し、各自金一九万〇九九〇円及び右各金員に対する昭和五九年九月二一日から支払い済みまで年五分の割合による各金員をそれぞれ支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(当事者の地位)
原告らは、いずれも広島県高田郡甲田町(以下「甲田町」という)の住民であり、亡寺本秋三(以下「寺本町長」という)は、昭和五九年六月一七日から同六一年ころまでの間同町町長の職にあった者である。亡寺本秋三は、昭和六一年一〇月三一日死亡し、被告らは、いずれも相続により同人の地位を共同して承継した。
2(甲田町水道事業)
甲田町では、地方公営企業法に基づき水道事業を行い、その経理は甲田町水道事業会計として、特別会計を設けて行っているものであるが、右水道事業においては、甲田町水道事業の設置等に関する条例(昭和四九年三月二三日条例第二三号)第三条により管理者を置かないものとすると定められているものであって、同町水道事業の管理者の権限は、町長である寺本町長が行うものである。
3(本件公金の支出等)
(一) 甲田町水道事業は昭和四九年に発足したものであるが、従来同町内では尾津谷簡易水道が利用されていたところから、昭和五三年ころより甲田町と同町内の一部住民との間で、両水道の取水・給水等をめぐって紛争が生じ、尾津谷簡易水道の水源地域に水利権を有すると主張する住民らが、「甲田町政を正す会」と称する団体(代表者花尾志、以下「正す会」という)を結成したうえ、昭和五八年四月二五日、当時の甲田町町長児玉信夫及び同町長個人を被告として、旧水道料金賦課の差止等と地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき甲田町水道の漏水等を放置したことによる損害の賠償を甲田町に代位して求める住民訴訟(広島地方裁判所昭和五八年(行ウ)第三号旧水道料金賦課差止等請求事件、以下これを「住民訴訟」という)等を提起した。
(二) その後、右訴訟は、児玉町長に代わって就任した寺本町長のもとで、昭和五九年七月一六日「正す会」に属する原告らが訴えを取下げ、寺本町長及び児玉がこれに同意したことにより終了した。
(三) 右訴訟の終了に伴い、「正す会」では、訴訟代理人として訴訟の提起、追行を委任していた弁護士に対し、着手金及び報酬等として金七六万三九六〇円を支払うものであったところ、寺本町長は、同町町長として、同年九月二〇日、甲田町水道事業会計から見舞金ないし補償金の名目のもとに「正す会」が負担すべき右弁護士報酬等の支払いに充てさせるために、右と同額の金員を支出して、「正す会」に支払った(以下「本件公金支出」という。なお、右七六万三九六〇円は、「正す会」から同弁護士に対し、着手金ないし報酬として、支払われた)。 4(本件公金支出の違法性)
(一) 「正す会」所属の住民らが提起した前記住民訴訟は、前記のとおり取下げにより終了したものであって、住民訴訟の原告が勝訴し、しかもその判決が確定したものではないから、地方自治法二四二条の二第七項の規定によっても、地方公共団体たる甲田町が右の弁護士報酬等を支払うべき場合に該当しないことは明らかであって、甲田町においてこれを負担すべきなんらの理由もないものである。にもかかわらず、本件公金支出は、本来「正す会」が負担、支払うべき右の弁護士報酬等を同会に代わって負担すべく、「正す会」に対し、その支出がなされたものであるから、同規定に違反する違法な公金の支出である。
(二) なお付言するに、本件公金支出にかかる金員の性質を見舞金、補償金ないし賠償金などに該当するとして、その支出を適法と解することはできない。
地方公共団体の支出する見舞金とは、支出根拠が必ずしも明確ではないものの、通常、災害等に遇った住民を見舞う目的で支出される社会的通念上儀礼の範囲を超えない低額な金員をいうものであり、また補償金とは、地方公共団体の適法な公務の執行により特定の者に財産上または精神上の損害を与えた場合にその損害を償うために支出する金員であり、賠償金とは、右公務の執行にあたって違法な行為により他人の権利または利益を侵害した場合にその与えた損害を補填するために支出する金員であり、さらに補助金は、「公益上必要がある場合において(地方自治法二三二条の二)」、各種の行政上の目的から支出することができる金員とされているものであって、いずれも右のそれぞれの場合において所定の手続きを経てその支出が許されるものである。しかし、前記のような本件公金支出の目的、その支出先、その額、その支出の経緯(なお「正す会」自体はなんら損失あるいは損害を被ったものではない)からすれば、本件公金支出が、以上のいずれにも該当しないことはいうまでもない。
5(寺本町長の賠償責任)
しかるに寺本町長は、前記のとおり甲田町長の職にあるものとして、故意または過失により違法な本件公金支出をなし、甲田町に同額の損害を被むらしめたものであるから、甲田町に対し、前記損害金七六万三九六〇円の賠償とこれに対する右金員支出の日の翌日である昭和五九年九月二一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき責任がある。
6(監査請求)
本件原告らを含む五〇名の甲田町町民は、昭和六〇年九月一二日甲田町監査委員に対し、本件公金支出について、地方自治法二四二条一項に基づき監査請求を行ったが、同委員は、同年一一月五日本件公金支出には違法性は認められず、監査請求は理由がない旨の監査結果を下した。
7(結語)
よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、寺本町長の行った本件公金支出によって、甲田町が被った前記損害について、甲田町に代位して、寺本町長の死亡により同人の地位を法定相続分に従い共同して承継した被告らに対し、請求の趣旨記載の各金員を甲田町に対してそれぞれ支払うべきことを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2、3(一)、(二)の各事実はいずれも認める。
同3の(三)記載の事実のうち、寺本町長が、同記載の日時、甲田町水道事業会計から七六万三九六〇円を支出し、「正す会」に支払ったことは認める。
2 同4及び5の主張は争う。
3 同6の事実は認める。
三 被告らの主張
1 本件公金支出の経緯は次のとおりである。
(一) 前記甲田町水道事業により昭和四九年から設けられた上下水道(以下「甲田町水道」という)は、従来利用されていた尾津谷簡易水道の水源及び取水給水設備等とは別個に新設されたものであって、これによって、同町内では甲田町水道系と尾津谷簡易水道系の二系統の水道が併存することとなった。
ところで、昭和五三年八月ころ旱魃による灌漑用水の不足が生じたこと等から、当時の井上日丸町長は、尾津谷簡易水道の水源地域の水利権者のために、同水道系の水源からの取水を停止したうえ、甲田町水道の給水管を尾津谷簡易水道系の給水管に接続するなどして、それまで尾津谷簡易水道を利用してきた住民に対しても甲田町水道によって給水することとし、甲田町は、前記の水利権者に対し、甲田町が前記水源から譲水を受ける権利を返還したが、これに反対する一部住民らが甲田町水道の利用を拒否したため、同町長は、甲田町水道系から尾津谷簡易水道系に対する給水をも停止したところ、さらに右住民らは甲田町水道の給水管に右尾津谷簡易水道の給水管を直結して無断で受水する所為に及んだ。
(二) そして、昭和五五年五月から井上町長に代わって同町町長に就任した児玉信夫町長は、前記両水道とは別個にさらに新たな給水管設備を設置したが、前記の住民らの受水行為を黙認し、しかも尾津谷簡易水道の給水管を通じて甲田町水道の給水を受けている右住民らに対しては尾津谷簡易水道としての旧水道料金を賦課するにとどめ、甲田町水道系の利用者との間の料金格差を残置した。このような状況のもとにおいて、尾津谷簡易水道系の水源地域の水利権者ら(その多くが前記「正す会」に所属している者である)は、甲田町の前記のごとき水道事業行政に不公平感を募らせ、昭和五八年一月二一日前記花尾外一七名が申請人となって、甲田町を相手方として旧尾津谷簡易水道水源取水設備利用による取水の差止等を求める仮処分を申請したうえ(広島地方裁判所三次支部昭和五八年(ヨ)第一号仮処分申請事件、以下「仮処分事件」という)、甲田町に対して水道料金の不払いを開始したため、同町も、右料金不払いの住民の一部を被告として水道料金の支払いを求める訴えを提起し(広島地方裁判所昭和五八年(ワ)第七六〇号事件、以下「水道料金訴訟」という)、さらに「正す会」所属の住民らのうち花尾外五名は、水道料金格差の是正等を求めて、児玉町長及び同町長個人を被告として前記住民訴訟を提起するに至った。
(三) 昭和五九年六月、児玉町長に代わって就任した寺本町長は、広島県内に広く知れ渡った前記甲田町の水道紛争問題と右紛争に起因する同町内における他の水道事業問題を解決し、町政の混乱を解消するため、就任当初から「正す会」所属の住民らと必死の交渉を続けたが、紛争の経過や町政の状況等を総合的に判断したうえ、「正す会」との間で要旨次のとおりの合意(和解)を成立させた。
(1) 甲田町が提起している水道料金訴訟並びに「正す会」所属の住民が提起している仮処分事件及び前記住民訴訟は、それぞれ訴えもしくは申請を取下げる。
(2) 甲田町は、「正す会」に対し金一七八万七六一〇円(なおこのうちに、本件公金支出にかかる七六万三九六〇円を含む)を支払う。
(3) 水道料金滞納者は、甲田町に対し滞納水道料金を支払う。
(4) 「正す会」は、甲田町の行う小田小学校屎尿配水管埋設工事や町道尾津谷線拡幅工事につき協力する。
(四) 右合意成立の結果、住民訴訟は、前記のとおり昭和五九年七月一六日「正す会」所属の住民らが訴えを取下げ、また仮処分事件及び水道料金訴訟も同様にいずれも取下げによって終了したほか、水道料金滞納者一二四名が甲田町に対し合計五二三万七九〇〇円の水道料金を納入し、さらに「正す会」所属の住民らの協力により、小学校屎尿排水管埋設工事及び町道拡幅工事は早期に施行完了し得たものであり、特に前者については年間九二万四〇〇〇円の屎尿汲取料の支出が不要となったうえ、当初予算においてその工事費用は一九七〇万余円と予定されていたが、わずか四五〇万円の費用で工事を完了し得たものであり、前記合意が成立したことから、甲田町にとって多大の予算節減の利益をもたらすこととなったものである。
(五) 他方、甲田町は、前記合意に従い、原告ら主張の本件公金支出にかかる金員を含む金一七八万七六一〇円を、甲田町水道事業会計から補償金(見舞金)として支出して「正す会」に対し支払ったが、その支出に際しては甲田町議会による議決を経ているものであるうえ、右金員は、すべて、前記紛争の解決にあたり、甲田町の当時までの前記行政上の失策によって「正す会」所属の尾津谷簡易水道系の水源地域の水利権者に対し与えてきた財産上及び精神上の損害を填補するために、それを支払うこととなったものであるから、その実質からしても和解金の性質を有する補償金(見舞金)である。
2 以上のとおり、前記合意成立の経緯や本件公金支出の趣旨、殊にその当時あらゆる町政運営の支障となっていた前記の紛争を解決するためには他に取り得る施策がなく、しかも、右合意によってその後の町政の円滑な運営が可能となった等の事情を総合すれば、寺本町長の行った本件公金支出は、実質的には甲田町に対し何ら損害を与えていないものであるのみならず、むしろ甲田町に利益をもたらしているものであって、およそ違法性を有するものではない。
原告らが本件公金の支出を違法と主張する根拠とする地方自治法第二四二条の二第七項は、同法第一項四号のいわゆる代位請求訴訟を提起した者が勝訴した場合に、いわゆる公平の理念から勝訴した住民に対して相当と認める弁護士報酬を「請求権」「権利」として認めた規定であって、右規定はその紛争の渦中にあってその紛争の経過、状況等を総合的に判断して、地方自治体が住民に対してその紛争解決の条件として、住民が要した費用を支出することまでも違法として、これを禁止したものではなく、それは、その紛争の解決の方式が和解であるか、あるいは訴えの取下げによるものか、またそれが弁護士報酬相当額あるいは訴訟費用相当額であるかは、全く影響するところがないといわなければならない。
四 被告らの主張に対する認否
1 被告らの主張のうち、同1の(一)及び(二)の事実はいずれも認める。同(三)の事実のうち、甲田町において前記水道紛争問題の解決が町行政上の一課題であったことは争わないが、甲田町と「正す会」との間に、被告ら主張のごとく和解が成立したことは否認する、寺本町長が「正す会」との間で行った交渉や合意内容はすべて知らない。同(四)の事実のうち、前記住民訴訟のほか仮処分事件や水道料金訴訟がいずれも取下げによって終了したことは認めるが、その余の事実は知らない。同(五)の事実のうち、寺本町長によって甲田町水道事業会計から「正す会」に対し本件公金支出にかかる金員を含む合計金一七八万七六一〇円が支出されたこと及び右支出に関し甲田町議会の議決がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。
なお、前記金員のうち本件公金支出にかかる金員を除くその余の金員も、「正す会」において前記仮処分事件及び水道料金訴訟の訴訟代理人であった前記弁護士に対して支払うべき各着手金や報酬等につき、本件公金支出と同様にして、甲田町が「正す会」に代わってこれを負担すべく同会に対し、その支出がなされたものである。また違法な公金支出は、議会の議決を経たことによって適法になるものでないことはいうまでもない。
2 同2の主張はすべて争う。
第三 証拠(省略)
理由
一(当事者)
請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二(監査請求)
請求原因6の事実は当事者間に争いがない。
三(本件公金支出に至る経緯)
請求原因2、3の(一)、並びに被告らの反論1の(一)及び(二)の各事実は当事者間に争いがなく、右争いない事実に成立に争いのない甲第一一号証の一ないし四、第一三ないし一八号証、第三一号証の一、四、乙第一号証、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一二号証の一、二、証人前川道範の証言により真正に成立したと認められる乙第二、第三号証並びに証人前川の証言及び原告鎗分元三本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆す証拠はない。
1 甲田町においては、尾津谷簡易水道の水源のある尾津谷・正学地域(以下「尾津谷地域」という)の尾津谷水系灌漑水利権者と、従前尾津谷簡易水道より給水を受けていた吉田口地区の住民との間において、従来より尾津谷水系の水利権の帰属に関連する紛争が存在していた。その紛争の経緯の概要は以下のとおりである。すなわち、
2 尾津谷簡易水道は、昭和三〇年八月、旧小田村の村営水道として発足したが、その際右水道の水源は尾津谷水系に求められ、旧小田村は、昭和三〇年七月二二日、尾津谷水系灌漑水利権者との間で右水利権の譲水契約を締結した。以後、甲田町において尾津谷簡易水道が利用されることとなり、昭和三一年に尾津谷簡易水道条例が制定、施行された。
3 その後、昭和四九年には甲田町水道事業が発足し、右事業に基づく給水地域は甲田町のほぼ全域とされ、その水源は尾津谷水系とは別に求められた。そして甲田町水道事業給水条例が制定、施行され、これに伴い尾津谷簡易水道条例は廃止されたが、甲田町水道事業給水条例中、附則2但し書において「旧尾津谷簡易水道管理及び料金徴収については上水道給水開始時まで従前通りこれを行うものとする」とされた。
一方、尾津谷地域の水利権者らは、右新条例の制定に伴い、以後は甲田町には甲田町水道による給水がなされるに至ったことから、従前の尾津谷簡易水道の水利については前記譲水契約を解除して尾津谷地域の水利権者に返還するように求めて町に対する交渉を始め、他方では、尾津谷水系を水源とする水を生活用水として利用する権利を有すると主張する吉田口付近の住民との対立が深まった。
右上水道事業による給水は昭和五一年ころに開始されたが、給水開始後も、吉田口地区の一部住民は、尾津谷簡易水道に比して甲田町水道によるときは、使用料が高額であることや水質が落ちること等を理由として、その給水措置の設置を拒み、尾津谷簡易水道からの受水を主張したため、従前の旧尾津谷簡易水道設備による給水も事実上継続され、吉田口地区においては甲田町水道管系と簡易水道管系の二系統の給水が併存するに至った。
4 昭和五三年八月ころ、当時の井上日丸町長は、旱魃により尾津谷地域の灌漑用水の不足が生じたことから、尾津谷簡易水道の水利権者のため、同水道による配水を一時停止し、尾津谷簡易水道利用者に対しては、これに代わって甲田町水道管系を尾津谷簡易水道管系に直結して給水した。その後、同町長は尾津谷地域等の住民らからの強い要請を受けたことから、昭和五三年九月一六日、専決処分により前記2記載の譲水契約を解除して、甲田町の譲水を受ける権利を水利権者に返還した(なお同月一八日、議会は右専結処分を承認した)。
しかし、右譲水契約解除処分については、前記吉田口地区住民により結成された「尾津谷水道既得権を守る会」と称する団体(以下「守る会」という)に属する住民が反発し、尾津谷簡易水道の給水の停止は、旱魃による一時的な措置であり、旱魃による緊急事態が解消した以上は尾津谷簡易水道の水源からの配水を再開するべきである旨を町に対し強く求めていた。
その間も、甲田町水道管系の直結による尾津谷簡易水道管系への給水は続けられたが、接続された尾津谷簡易水道管の老朽部分の破損箇所から多量の漏水が生ずることになった。そこで井上町長は、「守る会」に対し、甲田町水道から直接給水管を接続して受水するように求めたが、右交渉は進展せず、「守る会」の住民の多くは甲田町水道の利用を拒否した。そのため、井上町長は、昭和五五年四月二日、漏水による給水事業への支障を避けるために、尾津谷簡易水道系を通じて行う甲田町水道による給水を停止したところ、右措置に反発した「守る会」住民は、町に許可なく甲田町水道の支管や同水道利用者の給水管に尾津谷簡易水道の給水管等を接続して給水を受けるに至った。
5 昭和五五年五月には、井上町長にかわり児玉信夫が町長に就任したが、吉田口地区には、尾津谷簡易水道配水管に代わる水道管設備を設置することとし、その経費三五〇万円を予算に計上してその議決を経た。これは、後述のごとく尾津谷簡易水道の給水管には量水器が付設されていなかったことから、新水道管設備による給水に代えることにより、前記の旧給水管によって給水を受けている者も使用水量の計量を可能とすることを一目的としたものではあったが、右新設備の水源を未確定のままにしたために、尾津谷地域の水利権者からは、尾津谷地域に水源を求めるものだとして反発を招いた。
また、尾津谷簡易水道の給水管を通じて甲田町水道の給水を受けている「守る会」の住民らに対しては、尾津谷簡易水道の給水管には量水器の付設がないため使用水量の計算ができないこと、及び、正式には甲田町水道の給水申込がなされていない等の理由から、前記甲田町水道事業給水条例の附則規定に基づき、従前どおり尾津谷簡易水道としての旧水道料金の賦課・徴収しか行われなかったため、甲田町水道の利用者に比して、水道料金が低額になるという格差が残されたままになっていた。
6 以上の実情に不満を持った尾津谷地域の水利権者らは、花尾志を代表とする前記「正す会」を結成し、甲田町に対する水道料金の不払いを開始するとともに、昭和五八年一月二一日花尾外一七名が申請人となって甲田町を相手方として旧尾津谷簡易水道水源取水設備利用による取水の差止、右設備の執行官保管、譲渡・占有移転禁止を求める仮処分を申請し(被告らの主張記載の「仮処分事件」)、昭和五八年四月二五日、花尾外五名が原告となり、甲田町長児玉信夫及び同町長個人を被告として、旧水道料金賦課の差止、不平等な水道料金の是正措置を執らないことの違法確認、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき甲田町水道の漏水等を放置したことによる損害の賠償を甲田町に代位して求める旨、及び前記吉田口地区の新水道管設備の工事費予算三五〇万円の支出ないし右工事の施行の差止めを求める旨の訴えを提起した(請求原因記載の「住民訴訟」)。一方、甲田町は、水道料金の支払いを拒んでいる住民の一部を被告として水道料金の支払いを求める訴えを提起した(請求原因記載の「水道料金訴訟」)。
その後、昭和五九年六月一七日、甲田町町長には新たに寺本秋三が就任することとなった。
四(本件公金支出)
請求原因3(二)及び同(三)記載のとおり本件公金の支出がなされた事実は当事者間に争いがないところ、右の争いない事実に、成立に争いのない甲第一、第二号証、第三号証の一ないし三、第四ないし第六号証、原本の存在及びその成立に争いのない甲第二三号証の一ないし四、第二四号証、第二五号証の一、二、第二六、第二七号証、第二八号証の一ないし三並びに証人前川、同谷本正行、同花尾志の各証言及び原告鎗分本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められ、右認定を覆す証拠はない。
1 寺本町長は、昭和五九年九月一七日、甲田町議会に対し、昭和五九年度甲田町一般会計補正予算(第三号)案を提出し、右案は同日挙手多数により原案通り可決されたが、右案においては、歳入歳出予算の総額に、歳入歳出それぞれ二七五三万四〇〇〇円を追加することとされ、うち歳出につき款を衛生費、項を上水道費として四二八万八〇〇〇円の補正がなされ、右は上水道施設費として甲田町一般会計から水道特別会計に対して補助金として支出されることとされた。また同日、寺本町長は、昭和五九年度甲田町水道事業会計補正予算(第一号)案を提出し、同日これも議会で挙手多数により原案通り可決された。右案においては前記四二八万八〇〇〇円のうち、三二五万二〇〇〇円を水道事業費、項を営業費用として支出され、そのうち一七八万七六一〇円が、目を総係費、節を補償金、説明を見舞金(当初は「訴訟費用補償金」として提出されたが、議会での審議中に「見舞金」と訂正された)として支出されることとなった。
2 同年九月一九日、寺本町長は、前記一般会計補正予算に基づき、上水道事業会計補助金として前記四二八万八〇〇〇円の支出を命じ、当時収入役であった境章造より、水道事業会計出納員谷森砂夫の口座に右金額が振り込まれた。
3 同年九月二〇日、町長として甲田町水道事業の管理者の地位を兼ねる寺本町長(甲田町水道事業において町長が管理者の権限を行うものとされることは請求原因2とおりであって、当事者間に争いがない)は、「正す会」会長花尾志に対し、甲田町水道事業会計から、前記一七八万七六一〇円を、款を水道事業費、項を営業費用、目を総係費、節を補償金、摘要を見舞金として、同額の小切手を振り出し、「正す会」において、これを受領した。
4 右の一七八万七六一〇円は、「正す会」の住民が前記仮処分事件、水道料金訴訟及び住民訴訟の代理人であった前記弁護士に対して負担し、あるいは負担すべきいわゆる弁護士費用を含む訴訟費用(仮処分事件の費用が計五一万三六五〇円、水道料金訴訟の費用が計五一万円、住民訴訟の費用が計七六万三九六〇円。但し右公金支出当時すでに支払い済みのものを含む)の合計額に相当するものであり、右の金員は右公金支出の後に「正す会」を通じて同弁護士に対して前記費用のうち未払い分が支払われ、あるいはすでに支払い済みの費用相当分は「正す会」が補填をうけたものとして、これを取得した。
原告らが、違法な公金支出として本訴で争っているのは、前記3の一七八万七六一〇円の公金支出のうち、右の住民訴訟費用七六万三九六〇円に相当する金員の支出(請求原因記載の「本件公金支出」、その内訳は着手金五〇万円、印紙代等一万三九〇〇円、報酬二五万円で右着手金は当時「正す会」において支払い済みであった)である。
五(本件公金支出の違法性及び寺本秋三の責任)
1 原告らは、本件公金支出は、「正す会」の住民が提起した前記住民訴訟は取下げにより終了したにすぎず、住民が勝訴したものではないにもかかわらず、「正す会」側が支払うべき訴訟費用を甲田町が負担するものとして、その支出がなされたものであるから、地方自治法二四二条の二第七項の規定に反する違法なものと主張するところ、被告らは、同規定は地方公共団体が紛争解決の手段として住民に対して訴訟費用相当額を支出することまでも禁止したものではなく、本件公金支出は、甲田町における水道問題を解決するために「正す会」との間でなした和解の一条件として「正す会」に対する補償金(見舞金)として、その支出がなされものであり、その結果、その後の町政の円滑な運営が可能となったものであるから、その違法性を欠くと主張するので、以下、右の各主張について検討する。
2 前記甲第三号証の一ないし三、第四ないし第六号証、成立に争いのない第一三ないし第一五号証、第三六号証、第三七号証の一、二、第三八ないし第四〇号証、前記甲第二三号証の一ないし四、第二四号証、第二五号証の一、二、第二六、第二七号証、第二八号証の一ないし三、乙第二号証並びに証人前川、同谷本、同花尾の各証言及び原告鎗分本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆す証拠はない。
(一) 昭和五九年六月一七日に甲田町町長に就任した寺本秋三は、前記三認定の甲田町における水道問題を解決したいとの意向をもち、「正す会」会長の花尾志に対し、甲田町と「正す会」との間の前記紛争等に関し、話し合いによる解決を申し出、以後花尾との間で数度話し合いを行ったが、その際、寺本町長は、甲田町と「正す会」住民との間の訴訟の双方の取下げ、小田小学校屎尿排水管埋設工事及び町道尾津谷線の拡幅工事への協力方、及び「正す会」住民の未払い水道料金の支払いを要望し、他方、花尾は「正す会」側の条件として、甲田町から「正す会」側に対するいわゆる慰藉料名目による金員の支弁や、水道料金徴収の不公平の是正、未払い水道料金の善処方を求めたところ、寺本町長は「正す会」側に対する町費の支出や右の不公平の是正、不払い水道料金の処置について「正す会」側の要望に応じる旨を答えた。
同年九月初旬ころ、花尾宅で、町側は寺本町長と教育次長が、「正す会」側は、花尾外三名が出席のうえ、最終的に話合いがまとまったが、その際、寺本町長は「正す会」側の要求を受け容れ、甲田町から「正す会」に対し、前記住民訴訟、水道料金訴訟及び仮処分事件につき「正す会」住民が負担し、あるいは負担すべき費用の相当額である前記一七八万七六一〇円を町から支出し、その支払いをする旨の合意がなされた。また、右話合いの際、右各訴訟の双方による取下げとその同意をなす旨のほか併せて、「正す会」住民の従前の滞納水道料金の支払い、小田小学校屎尿排水管工事及び尾津谷線の拡幅工事への協力についても約束が取り交わされた。
なお、甲田町から右の一七八万七六一〇円を支出するについては、寺本町長限りの判断で決定したものであった。また、話合いの際、双方から出された条件や合意の内容については、すべて口頭により提示ないしは取り交わされたものであって、書面の作成はなされなかったものである(前記各訴訟の取下げと前記滞納水道料金の支払いのほかには、前記のいわゆる水道問題をめぐる水道事業に関する確たる話合いないし了解がなされたことを認め得る証拠はない)。
(二) 前記住民訴訟は、昭和五九年七月一六日付で「正す会」に属する原告らが訴えを取下げ、これに寺本町長及び児玉が同意したことにより終了し、水道料金訴訟及び仮処分事件も、そのころ、取下げ及びそれに対する相手方住民らの同意により終了した。
右各取下げにより、甲田町と「正す会」住民との間では、当時係属していた訴訟事件、仮処分事件はすべて終了することとなったが、甲田町の水道紛争問題に起因するとみられる訴訟としては、他に、吉田口付近の住民である木坂正外一九名が「正す会」の花尾外一七名を被告として提起していた尾津谷地域を水源とする湧水利用権の確認等を求める訴訟(広島地方裁判所昭和五八年(ワ)第五九九号湧水利用権確認等請求事件、以下「湧水利用権確認訴訟」という)があり、右訴訟はその後も依然として係属したままであった。
(三) 昭和五九年九月一七日、寺本町長は、右(1)の金員一七八万七六一〇円を町費から支出することを一目的として、前記四1認定のとおり、甲田町一般会計補正予算案及び甲田町水道事業補正予算案を議会に提出し、同日可決の決議を経たが、右金員支出について寺本町長からなされた説明は、次のとおりである。すなわち、まず提案理由として、「水道問題が解決して、その関係する終戦処理費」である旨の説明がなされ、その後、出席議員の質問に対し、右金員は訴訟費用である旨の答弁がなされた。そして、その後の質疑において、寺本町長は、「補償費で、この位の答弁でゆるしていただきたい」、「弁護士から請求書が来ており、別に何でもない金ではない」、「議員さんにはっきり申し上げてよいかどうかということは今悩んでいる」、「町民の金を使わせてもらうので、波紋になるかも知れないので、終戦処理費位でおさめていただきたい」、「それが条件で水道問題を解決した。滞納も整理し、従来のように町に協力していただくということで条件として私がのんだ」、「補償の意味にはあたらないかも知れず、見舞金にあたるかも知れないが、色々それが条件で和ぼくした」といった旨の答弁をなし、その際水道事業会計補正予算のうち、前記予算の「説明」を「訴訟費用補償金」から「見舞金」に訂正した。その後、質疑が打ち切られ、右両予算案は賛成多数で可決された。なお、右審議の休憩中になされた議論においても、反対議員の質問に対する寺本町長の答弁の趣旨は、前記金員の支出によって町が当事者である紛争は解決するという意味での終戦処理費であり、字句が悪ければ訂正する、というものであった。
(四) その後、小田小学校屎尿排水管工事が着工されたが、その際、「正す会」の住民が任意に土地を提供するなどしたため、町道を経由する計画の許に予算措置を講じていた当初の工事に比して、低額の費用で工事が完成した。
(五) なお、「正す会」住民らの未払い水道料金の支払いに関しては、昭和五九年九月二〇日、寺本町長は、甲田町水道事業会計の処理により、未払い水道料金合計一八二万九二二〇円の支払いを減免し、既に右住民らから支払い済みの水道料金合計八五万三五〇〇円を還付することとし、同月二五日、右額の金員を対象者に還付した(したがって、右の住民は、右減免額ないし還付額に相当する額の水道料金の支払いを免れたことになるものであった)。
3 そこで前記2認定の事実及び前記三、四認定の各事実によって、本件公金支出が違法というべきかについて検討する。
(一) 前記の各事実によると、本件公金支出を含む前記一七八万七六一〇円の支出は、前記認定の寺本町長と「正す会」との話合いの際に、「正す会」側から、「正す会」が負担し、あるいは負担すべき前記の各訴訟における弁護士報酬を含む訴訟費用については、甲田町において、その支弁方を図って欲しい旨の申し入れがなされたのに対し、寺本町長において、水道問題をめぐる町を当事者とする住民との間の訴訟の係属を解消する目的のために、これを受け容れて、その支出を承諾し、甲田町町長及び水道事業の管理者として、前記認定の予算措置を講じて、「見舞金(訴訟費用補償金)」として「正す会」に対し、これを支出したものであり、かつ、前記認定のとおり、本件公金支出にかかる七六万三九六〇円は、前記住民訴訟における「正す会」側の訴訟代理人であった前記弁護士に支払った着手金、同弁護士に支払うべきいわゆる成功報酬及び印紙代にあたる金員に相当する額であり、「正す会」は、右の支出を受けた後に未払いの成功報酬及び印紙代を支払い、かつ既払いの着手金相当分を取得したものであるから、本件公金の支出は、「正す会」が前記住民訴訟を委任した弁護士に対し支払うべき報酬及び右訴訟に要した手数料を、甲田町において負担し、これを支弁するためになされたものというべきである。
そして、前記住民訴訟は、「正す会」の住民が勝訴したものではなく、訴えの取下げによって終了したものであることは、先に認定したとおりであるから、本件公金支出は、地方自治法二四二条の二第七項に基づいて支出し得る場合にはあたらないことは明らかである。
(二) ところで、被告らは、前記1記載のとおり主張するところ、確かに、前記2(一)認定のとおり、寺本町長と「正す会」との間で、数度話合いの席がもたれ、その際、本件公金支出相当額を含む一七八万七六一〇円の公金支出の合意にともなって、甲田町と「正す会」住民との間の訴訟等の取下げのほか、「正す会」住民の滞納水道料金の支払い、小田小学校屎尿排水管工事及び町道尾津谷線の拡幅工事への「正す会」住民の協力についても話合いがなされたことが認められ、また、その後、前記住民訴訟、水道料金訴訟及び仮処分事件はそれぞれ取下げにより終了し、さらに難航していた小田小学校屎尿排水管工事も完了し、右の工事費用額は当初予算額よりも低額にとどまったとの事情も認められるものであって、以上の事実からすれば、寺本町長と「正す会」との間で、本件公金支出をその内容の一部とする話合いがなされ、合意をみたことにより、結果的には甲田町に利益をもたらした面も存することは、直ちには否定し難いところではある。
しかし地方自治法二四二条の二第七項は、「第一項第四号の規定による訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合において、弁護士に報酬を支払うべきときは、普通地方公共団体に対し、その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払いを請求することができる。」と規定するところ、右規定の趣旨は、同法二四二条の二の住民訴訟が、住民の個人的な権利利益を擁護するためではなく、住民全体の公共の利益を確保するために提起されるものであることから、訴訟に要した費用の全部を常に原告たる住民に負担させるのは適当ではなく、特に同条一項四号の代位請求訴訟にあっては、住民が普通地方公共団体に代わって訴訟を提起するものであり、原告たる住民が勝訴したときは、普通地方公共団体が利益を受けることとなるため、公平の理念から、原告たる住民は相当と認められる弁護士報酬額の支払いを請求し得るとしたものと解される。
したがって、右規定は、住民訴訟における住民側の弁護士報酬あるいは訴訟費用等について、必ずしも住民側が勝訴した場合のほかは、およそ地方公共団体がこれを負担することを直接禁止したものとは解されないとしても、右規定は、普通地方公共団体が住民の勝訴により明確に利益を受けることから、住民側の弁護士報酬を負担することを肯定した趣旨の規定であることに鑑みるならば、当該地方公共団体以外の訴訟当事者が本来負担すべきものである住民訴訟における弁護士報酬あるいは訴訟費用等を、地方公共団体が支出、負担することが適法視されるためには、右支出が地方公共団体と住民との間の住民訴訟にかかる紛争の解決のためになされた合意に基づくものであれば、その支出を受ける住民が住民訴訟において実質上勝訴したと同視し得る事情がある場合に限られるものと解すべきであり、右事情が存在しないのにもかかわらず、地方公共団体が、住民との合意により、住民が負担すべきである弁護士報酬その他の費用を支弁するために、当該住民に対し右相当額を支出することは、右規定を潜脱する違法なものというべきである。そして、右の理は、その支出が地方公営企業の特別会計からなされる場合であっても異なるものではない。
まず、被告らは、本件公金支出をも含む前記の合意により、甲田町におけるいわゆる水道問題が解決したと主張するところ、甲田町を当事者とする訴訟は終了したものの、なおも町民間においては、前記のとおり水道問題に関連する湧水利用権をめぐる訴訟が係属しているものであって、抜本的な解決に至ったといい得るか疑問なきを得ない。のみならず、前記認定のとおり前記の合意中には、住民訴訟等の取下げ、未払水道料金の支払いの合意がなされてはいるものの、それらのほかには、前記住民訴訟において違法との主張がなされていたいわゆる水道問題をめぐる諸事項に関しては、他にはみるべき合意等はないものであることに、その後の町側の右の合意に基づくという措置等をも併せ検討すると、前記住民訴訟において住民が違法と主張した甲田町の水道事業に関する行為ないしその施設の管理、公金の支出に関しては、それらのうち違法と評価すべきものについては、前記の合意に基づき、その適正な是正がなされたものとは、これを認め難いものであって(ちなみに、前記のとおり滞納水道料金についても、「正す会」の住民は、還付ないし減免措置を受けて、その負担を免れているものである)、住民が住民訴訟に勝訴したと同視し得る事情があるものとはにわかに解し難い。
また、被告らは、前記合意がなされたことにより、屎尿排水管工事及び道路拡幅工事について住民の協力が得られたものであって、その結果、甲田町に対し利益をもたらしたと主張するところ、住民訴訟を含む前記の各訴訟の係属やそれをめぐる住民の反発が、これら施策の円滑な実施を事実上困難としていた事情があるものとしても、これらの施策は、たまたま関係する住民が共通であったというに過ぎず、いわゆる水道問題とはその事案ないし紛争の実質を異にする案件であって、これらは、本来水道問題や前記住民訴訟等の帰趨とは別に、町において、町政上その実施の必要あるときは、それを理由に協力を求めるべき行政上の案件というべく、他の町政上の懸案を処理するために、右の協力を要請することは町政の正常な運営とは直ちにはいい難い。しかるに、前記認定の事実によると、寺本町長においては、本件公金支出を含む前示町費を支出することによって、住民が利得を得ることから、いわばその代償として、それら案件に対する地元住民の協力方を要請したものであり、住民らもその意を酌んでこれに応じたものと窺われるところであって、前記の諸工事が円滑に進行し得たなどの事情があるとしても、そのことから、本件公金支出を適法視し得るものではなく、もとより、これら事情が「正す会」住民が前記住民訴訟において勝訴したと同視し得る事情たり得るものとは解し難いから、これをもって、本件公金支出を適法とするには至らないものというべきである。従って本来「正す会」住民が負担すべき前記弁護士報酬相当額等を支出した本件公金支出は、地方自治法二四二条の二第七項の規定の趣旨に反する違法なものといわざるを得ない。
4 また、被告らの主張中には、本件公金支出は、「正す会」住民に対して甲田町が行政上の失策によって与えてきた財産上及び精神上の損害を填補するための補償金として支出したものであると主張するものと解されるところもあるが、補償金とは、地方公共団体が適法な公務の執行により特定の者に対して財産上または精神上の損害を与えた場合にその損害を填補するために支出するものであるところ、「正す会」住民の被ったという財産上または精神上の損害の具体的内容が不明であるばかりでなく、前記認定の公金支出の経緯からすれば、本件公金支出を右趣旨の補償金の支出として適法と解することはできない。
5 前記認定の公金支出の経緯からすれば、寺本秋三は、本件公金支出当時、甲田町長ないしは甲田町水道事業管理者として、本件公金支出が違法であることを知っていたか、少なくとも知らなかったことに重過失があったと認められるから、故意又は重大な過失により違法に本件公金支出をなしたものというべきである。
六(損害の発生、被告らの承継)
そうすると、寺本秋三は、本件七六万三九六〇円の公金支出により、右と同額の損害を甲田町に対して被むらせたものである。
なお、被告らは、本件公金支出が一条件となっている前記合意の成立により、「正す会」所属の住民が、小田小学校屎尿排水管埋設工事に協力したことから、年間九二万四〇〇〇円の汲取料が不要となったうえ、当初一九七〇万余円とされていた工事費用がわずか四五〇万円にとどまったのであるから、本件公金支出によりなんら甲田町は損害を受けていないとも主張するが、前記認定の本件公金支出の経緯からすれば、仮に右のように甲田町にとって利益となる事情も存したとしても、それが直接本件公金支出による損害を填補する関係に立つものとは到底解し難い以上、前記損害の発生を否定する理由とはならない。
そうすると、甲田町長であった寺本秋三は、甲田町に対し、前記七六万三九六〇円の損害の賠償と、これに対する本件公金支出の日の後で損害発生の後である昭和五九年九月二一日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるところ、同人は請求原因1記載のとおり昭和六一年一〇月三一日死亡したものであって、被告らが同記載のとおりその相続人であることは、前記のとおり争いがないから、被告らは、寺本秋三の甲田町に対する前記債務につき、その相続分に応じて、これを承継したものというべく、従って、甲田町に対し、被告寺本トシコにおいては、金三八万一九八〇円とこれに対する前同日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金を、被告寺本勝三、同鳥居淑子においては、金一九万〇九九〇円とこれに対する前同日から支払い済みまで同率の遅延損害金を支払うべき義務あるものというべきである。
七(結論)
よって、原告らが被告らに対し、甲田町に対し前記金員の支払いを求める本訴請求はその理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。